仙台デリヘル・宮城風俗情報『桃色ブンブン』奈良時代のお騒がせ天皇、聖武天皇についての大約 - モモペディア

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    投稿者:ジント兄さん

    奈良時代のお騒がせ天皇、聖武天皇についての大約

    カテゴリ:歴史

    2014-06-10

    はじめに

    ジント兄さんです。最近ちょっと、国分町の歴史について記事を書きたくて、調べていましたよ。このようなときには、Google検索を使います。「国分町 歴史」を検索すると上位の方に出てくるページなどを見るのですが……

    国分町の歴史 -国分町ナビより引用:

    当時仙台には、早くから木下近辺に国分寺が置かれ、また国分氏がこの地を領有していたので、今の仙台地方一帯を国分荘と呼びました。 開府に伴い政宗は、大町・肴町・南町・立町・柳町・荒町などの御譜代町をそれぞれの地に置いた際、 その頃まで国分氏に従い、木下付近に住んでいた町人などを芭蕉の辻から北へと配置していきました。 それで国分氏に属した人々によって成立した町―「国分町(こくぶんちょう)」と称しました。

    このページとほとんど同じ内容のページがたくさん出てくるんですね。Google検索が一覧を出してくれたものを一つ一つ見ていくときに、それぞれ独自性のある内容を私は期待するのですが、真似した内容ばかりなので、ちょっとうんざりしちゃいました。私の検索のしかたが悪いのかもしれませんが。

    それはさておき、この内容をまずは自分なりにしっかり理解しなくちゃと思うと、私の場合、最初につまづく単語が「国分寺」だったりします。中学校の社会の授業で習った覚えはあるのですが、国分寺って何ですか?と聞かれたら、私はちょっと答えることができません。「国分町 歴史」を検索して上位に見つかるページがことごとく、国分寺のことを国分寺という一つの単語で、それは知ってて当たり前というかのように済ませちゃっている。こんな乱暴なことがあって良いのでしょうか?

    というわけで今回の記事は、国分寺のこと、というよりも、国分寺と深い関係がある聖武天皇について書こうと思います。

    聖武天皇の生まれてから死ぬまでの年表

    聖武天皇(701〜756)が生きた時代には、いつ、何が起こったかをざっくりと知るために、年表とかを作ってみました。

    遣唐使が盛んだった

    聖武天皇が生きた時代には、5回の遣唐使が計画され、そのうちの4回が実施されました。当時日本より進んでいた唐の制度や仏教の思想などを積極的に学んで、日本にも取り入れようとしていた時代です。

    第何回目? 西暦何年? 何歳?(※) 注目ポイント
    表:聖武天皇と遣唐使
    8 702年〜704年 1歳 山上憶良が乗ってました。
    9 717年〜718年 16歳  
    10 733年〜734年 32歳  
    11 746年(中止) 45歳  
    12 752年〜754年 51歳 鑑真が来日しました。

    年表

    西暦何年? 何歳?(※) 何が起こったか
    701年 0歳 生まれる。この頃、大宝律令ができる。
    707年 6歳 父である文武天皇が亡くなる。臨時の次の天皇は文武天皇の母になる。(元明天皇)
    710年 9歳 奈良に都が移る。
    714年 13歳 成人の儀式、元服が行われるが、病弱であったことなどを理由に、即位は先送りになる。
    715年 14歳 文武天皇の姉が臨時の次の天皇になる。(元正天皇)
    724年 23歳 天皇に即位。
    729年 28歳 長屋王の変。
    737年 36歳 疫病が流行。藤原四兄弟が全員死亡。
    740年 39歳 藤原広嗣の乱。
    741年 40歳 全国各地に国分寺をつくるよう命じる。
    743年 42歳 墾田永年私財法をつくる。
    745年 44歳 奈良の大仏の制作が始まる。
    749年 48歳 天皇の座が娘に継承される。
    752年 51歳 出来上がった奈良の大仏に魂を入れる儀式を盛大に開催。
    756年 55歳 亡くなる。形見の品は正倉院に。

    ※表の、聖武天皇が何歳ぐらいの頃かの項目は、正確な年齢ではありません。出来事が起こった年と701年を単純に引き算して出した数字をそのまま書いただけのものです。出来事が何月に起こったのかを無視しています。生まれた時を1歳とする数え年という概念も無視しています。

    国分寺をつくれと命じるまでの経緯

    西暦何年? 何歳?(※) 何が起こったか
    724年 23歳 天皇に即位。
    729年 28歳 長屋王の変。
    737年 36歳 疫病が流行。藤原四兄弟が全員死亡。
    740年 39歳 藤原広嗣の乱。
    741年 40歳 全国各地に国分寺をつくるよう命じる。

    聖武天皇が天皇に即位してから、権力争いや災害が沢山ありました。仏教を熱心に信じていた聖武天皇は、仏教の力に救いを求めたというわけですね。

    全国各地の国分寺の総本山になるのが、奈良の東大寺です。奈良の大仏で有名ですね。

    740年〜745年には遷都を繰り返した

    740年の藤原広嗣の乱が終わるか終わらないかの頃から745年頃にかけて、聖武天皇は遷都を繰り返しています。ついには諦めて、元の平城京に戻ってますね。どうしてそのようなことをしたのか?理由なども調べて書きたかったのですが、このあたりは、かなり謎が多いようです。

    聖武天皇の没後も……?

    奈良時代(1)③ 聖武天皇、仏教におぼれる・・・ : ボケプリ 涙と笑いの日本の歴史より引用:

    都の不良坊主の中には、
    「天皇は仏教を保護してくれている。ということは、オレたちはえらいんだ!」
    「オレたちは何をやっても許されるんだ!」
    などと考え始め、とうとう天皇の政治に口を出してくるお坊さんまで出てきてしまいした・・・。

    調子に乗る仏教勢力は奈良の都が腐っていく原因の一つだったのでしょうか。そして新たな都をという動きの果てが、奈良時代の次の時代と言われる平安時代の幕開けになったのですね。聖武天皇が亡くなったのは756年で、平安時代が始まるよりも30年以上も前ですが、結局その頃まで聖武天皇が生前してきたことの影響があった。聖武天皇は、まさに奈良時代の代表的な人物ですね。

    参考

    この記事では、長屋王の変、藤原四兄弟、藤原広嗣の乱などにはほとんど触れていませんが、もし興味があるのであれば、以下のページが内容が濃かったり面白みがあったりしつつ分かりやすく書いてあってオススメです。(筆者が頑張って書いても、これらの劣化コピーにしかならないでしょう。)